◆私たちの教会看板にある「神の国の祝福と喜びをあなたに」。これはクリスチャンである者がどのような祝福を受けたのか、また福音伝道をする際に何を相手に受け取ってもらいたいと勧めるのかを理解する上で大切なポイントです。先月のエステル会で学んだ内容ですが、次のことを記します。アウグスティヌスという神学者(354-430年)がその著作の中で、人間が罪から解放されるという救済の段階を次の3つにまとめています。①創造時のアダムとエバの状態、②堕落後のアダムとエバから続く人間全体の状態、③キリストによって救われた者の状態です。
◆①はアダムとエバは「罪を犯すことも犯さないこともできる状態」でした。創造された時、人間は決して完璧、完全無欠ではありませんでした。「非常によかった」と言われたその状態は「罪を犯すこともできる状態」でした。なぜ?と思われるかもしれませんが、もし完全な状態で人間が創造されたのであれば人間に自由意志の余地はありませんでした。罪を犯さないとは、罪を犯すことができない状態ではなく、罪を犯さないことを選択できる状態を指します。では、なぜそれで主は「非常によかった」と言われたのでしょう。それは人間が主との交わりに生きる存在として創造されたからです。主の声を聞き、誠実に応答することが「非常に良かった」のです。
◆②は罪を犯さないことができない状態です。罪を犯さずにはいられないほど、人間は罪の奴隷となっています。この状態を認識するとき(認罪)、人は救いを求め始めます。自分のあらゆる部分が罪によって巧みに支配されているに気づき、自力での救済が無理だと悟ります(聖霊の働き)。あれれ・・・ここまで記したところでスペースがなくなりました。続きは次週をお楽しみに♪
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